東京駅から神戸駅まで続く、東海道本線594.5kmの長い道のり。
熱海駅でJR東日本区間からJR東海区間・静岡エリアに移り変わると、日本最高峰富士山が、神戸方面に向かって右手に近づいてきます。

東海道本線由比~興津間には、東海道の難所と呼ばれた薩埵峠(以下・さった峠)が待ち構えています。
ここは、東海道本線と富士山と駿河湾を一望できる屈指の絶景スポット
鉄道撮影にもおすすめ

ですが、さった峠は由比駅・興津駅のほぼ中間に位置しており、駅から歩くとそれなりの時間がかかります。
先日、185系C1編成の団体臨時列車を撮影する際、私が実際にさった峠を歩いて来たので、本稿では、東海道本線由比駅からさった峠への歩き方や、注意点をご紹介します。

動きやすい装備でぜひ挑戦してみてください!
興津駅からアクセスする場合はこちらをご参照ください。


桜えびの港町から

ということで今回のスタートは由比駅
東海道16番目の宿場町にして、国内で唯一、桜エビの水揚げも行われる港町です。
実際の由比宿は、駅から富士方に1.6kmほど離れています。

港までは、桜エビのゲートをくぐって「由比桜えび通り」を歩き、約10分です。
列車に乗っていても、線路脇のブロックの切れ目から漁船が止まっているところがチラ見えしますよ。
この港の近くで桜えびのかき揚げなどが食べられますが、営業日・時間には事前に調べるのをおすすめします。

かき揚げ食べたい欲を抑えながら、山のほうへ向かっていきます。
駅出入口の目の前に県道370号線が通っており、正面左側に交番や旅館が並んでいるので、そちらに進みましょう。

ただしこの先、しばらくコンビニはありません(最も近いファミマは逆方向に徒歩20分)。
由比駅の自動販売機、または駅前売店で、飲み物や軽食を確保の上スタートしてください。

石材店のあたりで県道の合流地点があります。
この歩道橋を渡って細路地に入りましょう。

歩道橋を渡った先は県道から離れ、旧東海道となります。

山から沢が流れているため、道中には小さな橋も点在しています。
写真の寺尾澤橋の他に、あと3つ橋を渡っていきます。
分かれ道もありますがさった峠へは直進し続けてください。

旧東海道の歴史を垣間見る

2つ目の橋となる、中の沢2号橋を渡ると、街道時代からあったと思われる古い家屋が見られるようになります。
立ち寄って見学できる施設もこの近くに見えてきます。

その一つが、国の登録有形文化財および静岡市地域景観資源の一つ、由比宿東海道名主の館・小池邸
「日本初『旅ブーム』を起こした弥次さん喜多さん駿州の旅-滑稽本と浮世絵が描く東海道旅のハンドブック(道中記)-」として日本遺産にも指定されています。

江戸時代に小池文右衛門を代々襲名し、寺尾村の名主を務めていたとされる小池家。
年貢の取り立て・管理、戸籍事務、他村・領主との折衝など村の政治全般を受け持ち、村の役人の中で最重要役割を担っていたといいます。
実際に、邸内では当時の年代記や帳簿が保存・展示されていました。

この小池邸は明治期に建てられたそうですが、大戸・くぐり戸、なまこ壁、石垣などに江戸の邸宅の面影を残しています。

邸内の小さな庭園には、水琴窟(すいきんくつ)もしつらえてありました。

水琴窟は、江戸中期の庭師が考案したとされる音響装置。
小さな穴から瓶の中にしずくが垂れると、瓶の空洞で水の音が反響し、楽器のような音色で外に響いてきます。
江戸時代当時は豪農・豪商の家にあったそうな。

構造はものによってさまざまですが、小池邸の水琴窟は地中に瓶が埋められて、その上に石が敷き詰められていました。
下のフリー素材はイメージです。
この黒石に水をかけると、水滴が隙間を縫って瓶にしたたり落ち、綺麗な音が響き渡ります。
竹筒に耳を傾けるともっと良く聞こえます。

画像:写真AC

しずくの大きさ、落ちる位置、したたる間隔によって、音は不規則に変わるもの。
どんな音がどんなタイミングで発せられるか分からない、そのランダム性もまた、詫び寂びの文化なのかもしれません。

開館時間は9時30分から16時30分。
月曜休館(祝日の場合は翌日)で、入館無料とのことでした。
脚が疲れたら休憩がてらに寄ってみましょう。


東海道本線下りを見ながら峠入口へ

では、さった峠の旅を続けましょう。
小池邸を通り過ぎてしばらくすると、道が二手に分かれます。

ここは、右に進んでください。
無料休憩所があり、その少し奥に磯料理「くらさわや」が面しているこの道が正解です。
左に進むと由比駅側に逆戻りです。

無料休憩所付近から、東海道本線(静岡・浜松方面)の撮影もできます。
ケーブルが被ってしまうのはご容赦ください。
この道、意外と高さがあるんですよね。

「くらさわや」前を通り過ぎてもまだまだまっすぐ歩きます。
この先も細い路地を住宅や古民家に挟まれながら歩いていきますが、擁壁と柵が設けられているあたり、だいぶ山に近づきました。
入口の階段が隣り合っている八坂神社・中峯神社はこの付近です。

そして来ました…!
ここがさった峠の入口です。
この分岐を右に進めば、いよいよ本格的な峠道に入ります。

左に進むと国道1号線(富士由比バイパス)に合流し、踏切を渡って西倉沢地区の横断歩道に出られます。
ただし、歩行者用のスペースは横断歩道分しかなく、そこから離れると歩行者スペース自体がなくなります。
車しか通れなくなる上に交通量も非常に多いので十分注意してください。

由比駅からここまで2km、私の足で約35分
ですが、一里塚跡(現在地)から峠の標柱まであと1.3kmあります!

キッツい坂道はこれからが本番ですが、素晴らしき絶景と鉄道撮影はここを上らねば体験できません。
体調に気を付けつつ、道のりを続けましょう。

この先は今まで以上に道幅が狭くなる上、車も通るので荷物を降ろしにくくなります。
虫よけ対策水分補給などを、ここまでに一度挟んでおくと後が楽ですよ。


古い時代から続く難所に挑む

さった峠は、東海道由井宿・興津宿の間にある、全長3kmの峠。
東の箱根峠越え、西の鈴鹿越えと並ぶ東海道の難所の一つです。
歌川広重の浮世絵『東海道五十三次之内』中「由井・薩埵嶺」には、まるで断崖絶壁のように描かれているほど。

万葉の時代には「磐城山」(『万葉集』では「岩城山」)と読まれていましたが、倉沢地区の海中から地蔵菩薩の石像が引き揚げられたそうな。
その石像を山上にまつり、以降「菩薩」を意味する「薩埵山」と呼び変えたと伝えられています。

おそらく江戸時代の大名行列もこの峠を行き来していたはずです。
峠から望む富士山に想いを馳せていたのではないでしょうか。

『東海道五十三次之内』「由井」「薩埵嶺」(所蔵:東京都立中央図書館)

大名の心情に触れる余裕は何処、ここからはもっと道幅が狭くなり、今までが嘘みたいな急坂へと変貌します。
道は舗装されていますが、気を付けて歩いてください。

先ほどの一里塚からほんの少し上っただけでこの高さ。
それでも標高は上がり続けます。

道は車1台分の幅しかないものの、ところどころ待避スペースが設けられています。
狭い舗装路に時々待避スペース、山の斜面にはみかん畑
ここをひたすら上がっていくのです。

上の写真から5分ほど歩いた地点で開けた視界はこう!

進行方向に向かって右側の山スレスレを東海道本線が通り、その左横に国道1号線がピッタリ並行し、海側から東名高速道路がオーバークロスしてトンネルに消えていきます。
撮影時はガッツリ雨が降っていましたが、晴れれば絶景になるはずです。

眼下の国道1号線を見下ろすとこんな感じ。
柵がない部分も多いので、くれぐれも安全第一で!

今でこそ交通インフラが整備され、昔ほど往来に苦労はしませんが、まともに海岸沿いを通行できるようになったのは、1850年「安政の大地震」による地盤隆起に由来するそう。
それまでの駿河湾沿いは、波の間合いを見計らって岩を伝っていかねばならない「親しらず子しらず」の難所でした。

上の写真を撮った位置から5分程度歩くと、さった峠の案内絵図読めねぇもありました。
目印程度にはなるでしょう。

駐車場・公衆トイレ前に到着!

すでに駿河湾の遠景を望めるようになりましたが、峠のビューポイントはここではありません。
もっと上がります
転落や落石、害虫・害獣との遭遇に十分注意して進んでください。

文字のかすれた案内板からさらに歩いて約7分。
ようやく標柱の地点まで上がって来れました!
私の足で、峠入口の一里塚跡から30分強由比駅からは約1時間かかりました。

この付近から東名高速や駿河湾を見下ろすとこんな感じ。
悪天候の時に来たので微妙な感じになってしまいましたが…。

翌日、雲はかかれど晴れた様子がこちら!
見渡す限り碧い駿河湾を一望できるようになります。

この場所からあと少し峠道を登ればついに到着!
さった峠駐車場及び公衆トイレ、ここが由比駅・興津駅の中間地点です。
ここからも富士山や駿河湾が良く見られます。

海側のハイキングコースも絶景

さった峠駐車場・公衆トイレの横から、舗装路を外れたハイキングコースが、興津駅側出入口まで海側に続いています。
人々の往来で土が剝き出しになり、その周囲に草花が生い茂るガチの山道です。

ここを歩く途中には展望台が設けられており、そこから眺める富士山は必見!

画像:写真AC

天候、雲の出方、季節、訪問時間、すべての条件が嚙み合えば、満点の青空の下、山頂に雪化粧の施された富士山と、その下に広がる駿河湾、それに並行する鉄道と道路。
なんなら伊豆半島も見えるかもしれません。

この展望台から興津駅側に進めば、清水市(現・静岡市清水区)指定眺望地点にも歩いていけます。
屋根付きの休憩所(あずまや)を中継地点にすると良いでしょう。
清水市指定眺望地点については後日記事化予定です。

ぜひ、眼下の東海道本線にもカメラを向けてみてください。
陸地ギリギリまで迫る駿河湾は、列車からは意外と見られない、ここならではのトレインビューです。

指定眺望地点から階段を降りていくと、最終的に興津駅側のハイキングコース出入口まで降りられます。
こちらのほうが興津駅に(比較的)近いです。

ただし、ハイキングコースの展望台までの道は、2022年6月に発生した崩落により一部通行止めとなっています。
2024年10月時点で通行止めが続いていますが、9月17日、その付近に迂回路が新設されました。

東海道本線を俯瞰で撮影するなら、ここを通って清水市指定眺望地点へ移ることをおすすめします。
一応、大回りな迂回路も後で紹介します。


鬱蒼とした舗装路を降りて興津駅側へ

さった峠駐車場・公衆トイレ前からは一転して下り坂。
ここから興津駅側に抜けていきます。
ハイキングコースまでの迂回路(大回りだけど)もついでに確認しましょう。

駐車場・公衆トイレ前は分かれ道になっており、一本は農業車両以外乗り入れ禁止区域へ。
残るもう一本の、両脇を木々に挟まれた道路が興津駅側に通じています。
ただしハイキングコース出入口より離れた場所に降ります。

道は下り坂続き。
このアスファルトに沿ってまっすぐ歩き、5分ほど歩くと分かれ道です。

正面と左に道が分かれており、左前方には何かの柵も見えます。
ここ、実は東名高速道路のトンネル出入り口の真上です。

構わずまっすぐ行けば、しばらく東名高速と並行しつつ、坂道がだんだん緩やかになってきます。

そして、さった峠(舗装路)の興津駅側出入口まで降りて来ることができました。
ここで峠道は終わりです。
私の足で、駐車場・公衆トイレ前から20分由比駅から約1時間半かかりました。

上の写真の地点からさらにまっすぐ進むと、興津川の左岸に出られます。
川沿いの遊歩道を歩いていけば、東海道本線の線路沿い、つまり国道1号線に合流します。

興津川橋梁から興津駅へは、ちゃんと歩道があるのでご安心ください。
大通りを歩いて30分ほどで興津駅に到着します。

由比駅からさった峠を越えて興津駅まで歩くと、トータル2時間前後かかります。
私も初めて歩いた時、初挑戦もあって普段以上に疲れましたが、峠からのオーシャンビュー本当に良かったです。
富士山も見える天気だったらもっと最高だったでしょう。

またの機会にここを歩いてみたいものです。
今度は桜えびも食べるからな!?

東名トンネル上経由でハイキングコースへ迂回

そうそう、先ほどの東名高速トンネル出入り口から、左に逸れる分かれ道にも触れておきましょう。
この先はハイキングコースの迂回路です。
もう少しアスファルトが続いた後、舗装が途切れて山道に変わります。

ハイキングコースに抜けるまでは鬱蒼とした環境が続き、階段を上がりきればあずまやです。

ただしこの迂回路、目線に近い位置にクモの巣が張られていたり、足元に虫が這っていたりで、正直かなり歩きにくいです。
階段の幅が狭く足場が悪い上に、手すりなんてものはありません。
雨が降れば土がぬかるみ、滑りやすくなる点も危険です。
十二分に注意して進んでください。

2024年9月17日、展望台付近に新しい迂回路が設定されました。
今紹介した迂回路よりも、新設迂回路のほうがおおむね元々のハイキングコース通りに進めます。


安全第一!落石転落クマ注意!

最後に、さった峠を通行する際にとくに注意していただきたいことも。

駅から離れるにつれて道幅がどんどん狭くなるので、他の歩行者や車に十分注意すること。
近隣住民や他の旅行者へのマナーや配慮を忘れずに。
これらはどこに行っても同じですよね?

それに加えて、ここではガッツリ峠を上り下りします。
必ずしも登山向けの装備で固める必要はありませんが、動きやすい服装が大前提です。
虫よけ対策や、ケガした時の応急処置手段もあると良いですね。

何より、いつも以上に安全第一に!
道は舗装されているとはいえ、ところどころ柵がありません
万が一には落石もあり得ます(注意書きもあった)。
歩くのも立ち止まるのも安全な位置を心がけてください。

さらなる万が一として、クマが出るかもしれません。
可能なら2人以上で行動し、クマ除けの鈴やラジオなど、音の出るアイテムを携行すると良いでしょう。
その上で、見通しの良い場所を通りましょう。

訪れてから帰るまで、(どこでもそうだけど)絶対にゴミをポイ捨てしないでください。
人間の食べ残し飲み残しがクマをおびき寄せることになり得ます。

万が一、クマの子ども足跡・フンを見つけてしまった場合、すぐに来た道を引き返してください。
それらの近くに(親)クマがいる可能性があります。

足元や周囲をよく見て、ゆっくり後ずさり、確実に下山しましょう。
くれぐれも背中を見せて逃げ出す大声を出す、子熊に近寄る(本当にダメ)など、クマを刺激する行動はしないでください。

素晴らしき絶景と鉄道撮影を楽しむためには、これらのリスクと向き合わねばなりません。
思い出になるはずの日をトラウマにしないよう、準備や情報収集をしっかり行って、楽しんでください。

さいごに

今回は、東海道本線と富士山と駿河湾を一挙に望める絶景スポット、由比~興津間・さった峠への歩き方を、由比駅から実演してきました。
結局、185系C1編成が来た日は雨だったので、峠をそのまま降りて興津川まで歩いて写真撮りました。
都営大江戸線12-600形の甲種輸送(日本車両から)も偶然見られました。

由比駅からさった峠への行き方は、興津方面に歩いて歩道橋を渡った後、旧東海道をひたすら直進!
急激に坂が険しくなったところで坂道に上がり、峠の舗装路をずっと進めばビューポイントへたどり着けます。

何度も恐縮ですが本当に安全第一で!
長距離歩くのは大変ですが、それに見合った風景や鉄道写真という、何よりのリターンがあります。

これだけ詳しく(自称)紹介しておきながら、実は翌日、興津駅からもさった峠まで歩いてみました。
ぜひそちらも併せてご覧ください。

なので今回はここまで!
ありがとうございました!

参考

静岡市公式サイト
薩埵(さった)峠ハイキングコースの一部区間通行止め
国登録有形文化財 名主の館「小池邸」