JR西日本管内では、国鉄時代の通勤電車である103系が体質改善工事を受け、今なお現役で走っています。
が、令和にもなればさすがに老朽化を免れず、次第に数を減らしている状況です。

新型車両の導入とそれに伴う既存車の異動によって置き換えが進み、数を減らしてしまった103系ですが、それでも山陽本線(和田岬支線)、加古川線、播但線などでまだ見ることができます(2022年3月現在)。

今回注目したいのは、JR山陽本線のうち、兵庫~和田岬間を結ぶ和田岬支線、通称・和田岬線。
ここで走っている103系は、2022年3月時点で最後の6両貫通編成。
そして最後のスカイブルー編成です!

少々前の話にはなりますが、1月に「青春18きっぷ」利用中、おおさか東線と同じタイミングで和田岬線も見てきました。
103系も今やマジで希少種です!




昭和を代表する通勤電車

103系は、1963(昭和38)年に試作車が登場、翌1964(昭和39)年より量産車が登場した、国鉄を代表する通勤型車両です。

関東では山手線京浜東北・根岸線をはじめ、当たり前のように首都圏各線を行き交っていました。
205系で置き換えられる前の鶴見線、仙台・あおば通から石巻へ行く仙石線JR東海管内岡山・広島エリア、果てはJR九州の筑肥線・唐津線(筑前前原~唐津・西唐津間)と、103系一族はあまりにも広いエリアで活躍していました。
もっとも、筑肥線の103系は、見た目は201系や105系に近いですがね。

JR西日本・京阪神地区に関しては、1968(昭和43)年10月より、まず阪和線で営業を開始。
翌年に東海道・山陽本線の京阪神系統と、大阪環状線でも運行開始となりました。

他にも、奈良線・大和路線(関西本線)片町線福知山線阪和線羽衣支線でも活躍した経歴があります。
今回取り上げる和田岬線においては、2001(平成13)年の電化時より運行開始しました。
その後、播但線加古川線が電化された際、一部の103系が2両編成・ワンマン化の上で同線に投入されました。

2022年3月現在、京阪神地区で運行中の103系は、和田岬線加古川線(加古川~西脇市間)播但線(姫路~寺前間)の3ヶ所のみとなっています。

ちなみに和田岬線ですが、電化する前はキハ35形の改造車がひたすら往復していたようです。
さらにその前には、通勤輸送用に座席をロングシートに改造した旧型客車を、DE10形ディーゼル機関車けん引する運行形態だったとか。
また、1957(昭和32)年時点では8620形蒸気機関車もいたらしい……。

朝夕だけ、神戸市臨海部へ

通称・和田岬線は、正式には山陽本線の支線
山陽鉄道が最初に開通(兵庫~明石間)した1889年の1年後、1890(明治23)年貨物用の支線として開業しました。
もとは1888(明治21)年に、山陽鉄道の建設資材運搬のために敷設されたものでした。

大阪方面・明石方面に向かう本線は兵庫駅周辺もずっと高架区間が続きますが、和田岬線の線路は、和田岬駅に向かって左に急カーブしながらすぐに地上に降ります。
降りた先で、阪神高速3号神戸線の下をくぐりつつ、川崎車両の横を通過します。

川崎車両からの線路は和田岬線とも繋がっているので、新型車両の製造・甲種回送時には和田岬線の線路をちょっとだけ使った上で、山陽本線に合流することになるでしょう。

ただ、敷地外からであろうと車両工場内は撮影禁止とされています。
くれぐれも守ってくださいね。

また、川崎車両付近の踏切近くから、かつては兵庫臨港線が分岐していました。
1911(明治44)年に新川分岐点が開通し、そこから1932(昭和7)年に神戸市場貨物駅、1933(昭和8)年に兵庫港貨物駅へと延伸。
どちらも貨物輸送や労働者が往来していたそうですが、いずれも1984(昭和59)年2月1日をもって廃止となっています。

現在は、神戸市中央卸売市場の近くを神戸市営地下鉄海岸線が通っています。
大江戸線やグリーンラインと同じ、鉄輪式リニアの地下鉄ですよ。

日本初の可動橋、兵庫運河にあり

和田岬線は神戸市の臨港地区に向かっているので、途中で兵庫運河に差しかかります。
川崎重工前を通過した後、しばらくすると運河に架かる橋を通過。

沿線から見てみると、この橋、何か不思議な構造をしていませんか?

実は、この橋は和田旋回橋といいます。
「旋回」と名がついている通り、なんと橋が回転します!
今はしてないけど!

兵庫運河の開削にあたり、運河を航行する船がここを通行できるように、中央の橋脚を軸に橋桁(線路が敷かれている部分)が回転する構造として架橋されました。
ちなみに兵庫運河は1899(明治32)年に完成したそうな。

そのため、和田旋回橋が稼働していた当時は、ここを通行する船がいたり、そのために橋を回転させたりしていたものと思われます。

また、和田岬方面に和田旋回橋を渡った少し先には、鐘紡前という駅がありました。
その付近に鐘紡の工場があり、専用線も分岐していたそうですが、戦時中に工場が操業停止となり、駅も1948(昭和23)年に休止。
1962(昭和37)年3月1日に正式に廃止となったようです。

写真を撮り忘れましたが、プラットホームの土台跡が踏切近くの線路脇に残っています。
現地を訪れる際は探してみてはいかがでしょうか。

臨港地区のローカル駅

サッカーやラグビーの試合が行われるノエビアスタジアム神戸、および御崎公園の脇を過ぎると、御崎本町踏切で大通りと交差。

そして、徐行しながらずるずる入線し、終点の和田岬駅に到着です。
1面1線という超単純構造で、到着した電車がそのまま兵庫駅に折り返します。

兵庫駅から和田岬駅まではだいたい3~4分。
私は夕方になって和田岬駅から兵庫駅に向かって乗車しました。
本来ならもっと速度を出せるし、その際は抵抗制御らしい低音の唸りも聞こえてくるはずなのに、路線の都合で最高速度が抑えられているような走りだったと体感しています。

そうはいっても、令和になっても国鉄形通勤電車が残っている貴重な例には間違いありませんね。

和田岬駅、現在は駅舎という駅舎が存在せず、駅出入口とホームの一部箇所に屋根が設けられている程度になっています。
すぐそばにファミリーマートがあるので、出勤前や電車の待ち時間に買い物はできます。

JRに隣接して、地下鉄海岸線の和田岬駅も。
JR和田岬線は日中の運行本数が1本も無いので、朝夕の時間帯から外れている場合は地下鉄を利用することになるでしょう。

過去にはこの少し先、道路を横断して三菱重工業神戸造船所内にも専用線が伸びていたらしいですが、現在は道路の手前で線路が途切れています。




精算は兵庫駅で

専ら朝夕の通勤輸送として103系が走る和田岬線において、乗り方には注意していただきたいことがあります。

和田岬駅には、改札がありません

兵庫駅の和田岬線のりばも、和田岬線専用改札で区切られており、和田岬線を利用する際は兵庫駅で運賃精算することになります。
きっぷはその時点で改札機に回収され、ICカードからは和田岬駅までの運賃が差し引かれます。

逆に和田岬駅から兵庫駅に来た場合、ICカードはタッチすれば通れますが、きっぷの場合は改札機前の券売機できっぷを購入した上で入場することになります。

ちなみに私は来訪時、「青春18きっぷ」を利用していました。
この場合、改札機前のインターホンで駅員に連絡をとり、改札を開けてもらう流れになります。

和田岬駅に改札も券売機も存在しないため、日常的に利用していないと分かりにくいですが、和田岬駅の分の精算は兵庫駅で行うこと、よーく覚えていただければ!

さいごに

今回は、2022年3月時点で最後のスカイブルー6両編成の103系に乗れる、山陽本線支線(和田岬線)を見てきました。

JR西日本ではリニューアル改造の上、未だ現役だと思われていた国鉄通勤型車両103系でしたが、それでも老朽化は免れず、希少になるほどに数を減らしています。
それでも103系は、和田岬線、加古川線、播但線、筑肥線にて未だ現役。
残りわずかとなった103系の見た目・音・乗車体験を味わってみてはいかがでしょうか。

今回はここまで!
ありがとうございました!

参考

『鉄道手帳 西日本編』 監修:今尾恵介 東京書籍 2009年
『日本鉄道旅行地図帳 9号 関西2』 監修:今尾恵介 新潮社・新潮「旅」ムック 2009年
『関西鉄道考古学探見』 著:辻良樹 JTBパブリッシング・キャンブックス 2007年
『鉄道ジャーナル 2022年1月号』 発行:鉄道ジャーナル社